ご挨拶
第9回マダムバタフライ世界コンクール実行委員長
佐藤 東洋士(桜美林学園理事長 桜美林大学学長)
第9回マダム・バタフライ世界コンクールを緑豊かな美しい国、モルドバ共和国で開催できますことを、大会実行委員長として関係者の皆様に心より感謝申し上げます。特に、開催に際して温かいご理解とご協力を賜りました、モルドバ共和国文化観光省、並びに、モルドバ共和国音楽家組合の皆様に重ねて御礼申し上げます。マダム・バタフライ世界コンクールは1967年に第1回大会を東京で開催して以来、今日のオペラの世界を第一線で支え、活躍されている音楽家たちを世に送り出して参りました。ただ1992年に第8回大会をスペインで開催してからしばらくの間、開催できずにおりましたので、15年の時を経てここに大会を復活させることができましたことを大変嬉しく存じております。
マダム・バタフライは、皆様よくご存知のように、日本の長崎を舞台に、アメリカ人の若い海軍士官ピンカートンと日本の没落藩士の娘として生まれた蝶々さんとの悲劇的な結末で幕を閉じる悲恋物語であります。その物語は先ずアメリカ人の弁護士、ジョン・ルーサー・ロングが短編小説として発表、その後、アメリカ人の劇作家、デイビッド・ヴェラスコが戯曲として台本化したものを、イタリア人のジュゼッペ・ジャコーザとルイジ・イッリカの2人がオペラの台本に仕立て、かのプッチーニ作曲の歌劇「マダム・バタフライ」が誕生したと伺っています。
日本を舞台にしたオペラだけに、今大会は、日本のオペラ界の草分けでいらっしゃる、三浦環女史のお名前を冠にして、その偉大な功績を内外に永く顕彰するとともに、これからのオペラ界を担う、可能性を秘めた若い音楽家たちの育成に寄与したいと、「三浦環賞」を制定致しました。
今回、世界各国からどのような音楽家たちが集い、オペラの世界を繰り広げていただけるか、私も音楽を愛する一人として大変楽しみにしております。ご来場の皆様におかれましても若い有能な音楽家たちの競演をお楽しみいただくとともに、これからもマダム・バタフライ世界コンクールが、音楽文化の発展に寄与できますよう、ご理解とご声援のほど宜しくお願い致します。
マダムバタフライ・インターナショナル会長
中島 基晴(名古屋芸術大学教授)
マダムバタフライ世界コンクールは世界のオペラ会の発展に才能ある若きオペラ歌手の登竜門として行われてまいりました。
新しいスターを世に送り出す目的と世界平和の為に色々の国の人々と文化芸術を通して国際親善・文化交流のために多大な貢献をしてきました。この度、第9回大会の開催するに当たり開催地として第1回東京大会の優勝者マリア・ビエッシュ女史の国、モルドバに於いて行う運びとなりました。それに関しましては、モルドバ国政府に全面的なご支援を頂きました。また、音楽関係者の皆様方にも絶大なるご協力を頂きました。
マダムバタフライ世界コンクール実行委員会の代表の一人として心から感謝申し上げる次第です。勿論、当時(1965年以降)のロシアのマリア・カラス伝えられた世界のプリマドンナ・マリアビエッシュ女史のこのコンクールへの絶大なる力添えには自分の言葉では言い尽くすことが出来ないほど、敬意と深い深い友情を感じました。
本当にマリアさん「ありがとう」
第9回マダム・バタフライ世界コンクールの成功と、新たなる素晴らしいオペラ歌手の出現に期待し、そしてモルドバ国の益々の発展と平和を心から祈りたいと思います。音楽は世界の人々の心の言葉。
マダムバタフライ・インターナショナル理事長
小林 裕子
この度、15年ぶりに第9回マダムバタフライ世界コンクールがモルドバ共和国で開催されることを心から嬉しく思っております。1992年のスペイン大会の後、このコンクールは中断という形でございました。しかし、今回、モルドバ共和国大統領、コズマ文化大臣、マリアビエッシュ女史そして多くの人々の熱意と努力によってこのコンクール実現に結びついたことに心から感謝する想いでございます。
特にマリアビエッシュ女史のお力がなければ、到底実現できなかったことでしょう。お礼の言葉が見つからない位に胸の中の感動の思いは一杯です。
伯母そして先代の中島理事長亡き後、1999年このコンクールの再起を願い組織を立ち上げました。2001年にはビエッシュ女史を日本にお招きして音楽会を開催いたしました。モルドバにも3度訪問させて頂きました。また何としても第9回マダムバタフライ世界コンクール開催との夢に向かい、日本では年1回のコンサート活動を続けて参りました。
夢を目標にかえ、それに向かって歩けば必ず実現するものなのでしょう。“信念は力なり”今それを感じております。
次回の大会は2009年日本で、その後、先代が開催したイタリア、アメリカ、スペインと2年毎の企画と考えております。
人はそれぞれの道を桜梅桃季で歩いていくものでしょう。私はこの世界コンクールの道が使命の道だと心から思うのです。そして再び途絶えることなく、次の世代にバトンタッチしていくことが私の成すべきことだと思っております。
“音楽は世界の人々の心を結ぶ言葉です”このコンクールが未来の声楽家のために、そして世界を結ぶ平和の世紀の架け橋となるよう心から願うものであります。
