審査員

2007年9月モルドヴァの首都キシニヨフ市で開催する、第9回マダムバタフライ世界コンクールの審査委員です。
状況により審査員が代わることがございますことをご了承ください。

マリア・ビエッシュ(ソプラノ)

1934年、南モンドのボロンチェロフカに生まれる。キシニョフ国際音楽大学に学び、在学中より国民オーケストラのソリストとして公演を行う。卒業後、モルドヴァ・オペラ・バレー劇場に所属する。スカラ座で自らの歌唱技術を完成させ、1966年に第3回チャイコフスキー国際コンクール3位、1967年に第1回マダムバタフライ世界コンクールに優勝。やがてキーロフ劇場、ボリショイ劇場でも蝶々婦人やエフゲニ・オネーギンのタチャーナ役などで活躍する。ヨーロッパ、日本、オーストラリア、南アメリカなど世界各国で公演を行い、数多くのレコーディングがある。現在もモルドヴァ・オペラ・バレー劇場のトップ・プリマドンナであると同時に、東欧圏で最も有名なオペラ歌手の一人である。

ユリ・グリゴリエフ(教授)

モスクワ・チャイコフスキー芸術学校教授、ファイン・アート博士、ピープルズ・アーティスト・オブ・ロシアの称号を持つ。レニングラード音楽学校でE.I Darchuk, V.M Lukanin, N.A Serval教授に師事。マリンスキー劇場(1996-1968)、クレムリン宮殿、ボリショイ劇場(1986-現在)でソリストとして活躍する。1992年からロシア、その他海外の劇場にて精力的にコンサートを開く。1992年から1年間、ボリショイオペラのアートディレクターを兼任。そして1979年にモスクワチャイコフスキー音楽学校教授に就任する。卒業生の多くはボルショイ他ロシアの各劇場にてソリストとして活躍、国際大会で数々の賞を獲得する。音域、声の響き、曲の持つイメージやニュアンスを研究する一方、世界各国で行われる多くの国際コンクール大会で審査員も務めている。審査員として参加した主な大会としてロシア・ギンカ大会、国際チャイコフスキー大会、エリザベス女王国際音楽大会(ブリュッセル), ソニヤ王妃国際音楽コンクール (オスロ) , UNISA国際コンクール(南アフリカ共和国)、その他ロシア国内主都市(キエフ、ロヴ、ミンスク、ウーファー他)などがある。

中島 基晴

1960年国立音楽大学声楽科卒業。アリゴ・ポーラ、渡辺高之助、ダル・フィオーレ神父諸氏に師事。1967年、イタリア留学。ルチアーナ・フランカルディ、アントニオ・ゾラの諸氏に師事。1995〜2001年、名古屋芸術大学音楽学部長。現在、マダムバタフライ世界コンクール会長、名古屋オペラ協会会長、アミーチカント会主宰、日本演奏家連盟会員。国際・審査委員、マダムバタフライ世界コンクール、ウィーン・ヴェルベデーレ国際オペラコンクール(オーストリア)、イタリア声楽コンクール。出演したオペラ、パリアッチ・カニオ役、運命の力・アルバーロ役、ジャンニ・スキッキ・リヌッチョ役、夕鶴・与ひょう役他多数。研究活動、マダムバタフライ・インターナショナルコンサート、第八回の演奏会の内、7回を企画・構成・指導、名古屋芸術大学音楽学部のオペラ公演「トゥーランドット」「愛の妙薬」他企画・構成・指導。発声指導、声楽の教授として中島康晴を筆頭に多くの声楽家を育て国内はもとより国外のオペラ界で活躍している。チェコ・プラハカレル大学声楽マスタークラスの教授として招聘される。チェコ(プラハ)2006年、夏季声楽マスタークラスに教授として招聘。名古屋オペラ協会会長に就任。

ウィルマ・ヴェルノッキ

ミラノスカラ座において15年間、サン・カルロ、ヴェローナのアレーナ円形劇場、パリのオペラ座などで連続的にさまざまな役を演じた。アッパード、ガバッツィーニ、コレッリ、カップチッリ、ドミンゴ、デ・シモーネなど著名な指揮者、演奏家、演出家と共演多数。東京で行われた「第2回マダムバタフライコンクール」において、イタリア代表として参加し、圧倒的な演奏を行い優勝した。日本各地でのコンサートツアーを実施し、長崎では、彼女の演奏会場としてグラバー邸が提供された。1973年にはディ・ステファノとマリア・カラスとのアジア公演では日本でも歌声を披露した。現在はスカラ座運営委員、およびボローニャのマルティーニ音楽院で声楽の指導をしている。
またヨーロッパをはじめ日本、北京、上海においてマスタークラスセミナーを開催。国際的声楽コンクール審査員としても活躍している。
長年の芸術、教育活動の功績に対してイタリア政府より名誉称号“Grande Ufficiale勲章”が贈られた。

その他、5名